連関資料 :: 国語
資料:877件
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国語科教育法
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2014年提出。B判定でした。
これとは別に書き方の提出物があります。
提出物は字が下手でも、テキストを真似て丁寧に書くと評価してもらえます。
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佛教大学
2014年
レポート
国語科教育法
550 販売中 2014/12/11
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小学校国語科教育について
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石原千秋著「秘伝 中学入試国語読解法(新潮撰書)」について考察してみたいと思う。まずこの本は夏目漱石を専門とする大学教授の著者が息子の中学受験を機に国語について考えたものである。現代の国語指導の矛盾点や非合理性を鋭く抉り国語階に新風を起こしたといわれている。私の感想として、題名の通り入試に必要とされている能力をまるでゲームを解くように紹介しており、非常に面白いものであった。塾や予備校のような解法で国語に取り組む石原論は現在の国語教育とは明らかに違い、印象は強烈であった。特に「いま『国語』がやっていることは『道徳教育』である」「子供たちはルールを説明されないままゲーム(試験)に参加させられているようなものである」「『道徳教育』を目的としている以上『国語』で教えることの出来るテーマはごく限られている」「入試国語は受験者と採点者との格闘技なのだ」という言葉は強烈であった。
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レポート
教育学
小学校国語
石原千秋
トップダウン
550 販売中 2006/02/22
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国語科教育法
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「よだかの星」のあらすじを述べ、この
作品のテ-マを子ども達にどのように伝
えたらいいのだろうか。」
『「めくらぶどうと虹」のあらすじを述べ、
この作品の宗教的世界について述べよ。』
十分なできではなかったですが、合格でした。ぜひこれを踏み台にして、更に教材観を深めて頂ければと思います。
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子ども
人間
生命
言葉
生物
自然
指導
世界
影響
動物
550 販売中 2010/01/11
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国語科教育法
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『「やまなし」の教材研究を行うとともに、事例(p.142‐170)の児童の発言を考察しなさい。』
まず、「やまなし」の教材研究を行う。最初の一行目の「幻灯」であるが、小学生にとってみれば、理解のしにくい単語である。まず、この意味を調べさせ漠然とでもいいので理解させる。
次に、「一.五月」のやまなしを研究していく。一行目の「青白い」この言葉で綺麗な川ということが読み取れる。そして、「クラムボン」この言葉は聴いた事がなく、理解できない言葉であるがこの言葉が「一.五月」のキーワードとなりそうなことと推測させる。よって、まずは、「クラムボン」の謎を探っていく。「クラムボン」は「笑った」「死んだ」「殺された」の表記が見られる。このことからも「クラムボン」は生き物であると予測できる。そして、「かに」が話している内容であるので川や「かに」が生活する環境に存在すると予測できる。そして、この「クラムボン」の行動にも注目したい。「クラムボン」は「かぷかぷ笑った」という表現が出てくる。「かぷかぷ」という表現に対して、推測させる。「かぷかぷ」とは「どのような感じで笑っているのか」などを考えさせる。一匹の「かに」が「クラムボン」は「笑った」と言う発言に対して、もう一匹の「かに」は「クラムボン」は「死んだ」「殺された」と発言する。しかし、なぜ笑ったのか、死んだのか、殺されたのか返答は「知らない」「わからない」である。ここでは、これらのことも推測でしか考えることができない。続きを読んでいくと、魚が人間に釣りで釣られていくことが書かれている。しかし、「人間」という言葉も、「釣り」という言葉も出てこない。これらの言葉をわかりやすく、理解しやすいように書いている。例えば、「にわかに天井に白いあわが立って」とありますがこれは、魚が人間によって釣り上げられることを意味しているし、「鉄砲だまのようなものが、いきなり飛び込んできた」とありますがこれは、釣竿の先端についている針を沈める重りを意味していると思います。他には、「コンパスのように黒くとがっているもの」とありますがこれは、釣り針を意味しているのではないかと予測できます。この事態を「かに」は感じて「二匹はまるで声も出ず、居すくまってしまいました」とあるように「かに」がおびえている様子が伺えます。しかし、「お父さんかに」はこれらの正体は「鳥」といっている。私は、「お父さんかに」は本当の正体を知っているとも思ったが、「子どもかに」を少しでも安心されるため、わざとこのような嘘をついたのかもしれないと思った。「一.五月」の最後にも、「だいじょうぶだ」や「白いかばの花が流れてきた。きれいだろ。」という内容からも安心感を持たせるということが読み取れる。この「一.五月」の内容がすべて終えた後に、もう一度改めて「クラムボン」の実態について考えさせる。「どんな生き物であったのか」「どんな関係があったのか」など自由に意見を出し、討論させる。
次に、「二.十二月」の内容を見ていく。約半年の月日が過ぎたということで、「かにの子供らはもうよほど大きくなり、」と表記される。この内容からもわかるように「もうよほど」と表記されているので、これは前と見違えるくらいと理解できる。そして、「かにたち」の生活場は穏やかですごく神秘的な所ということが「あたりはしんとして」や「月が明るく水がきれいなので、」や「眠らないで、しばらくだまってあわをはいて天井をみていた」などでうかがえる。ここでいう「天井」は「夜空」でたぶん星がたくさん出ていたのだろうとも予測できる。まさしく、こう
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国語科教育法
やまなし
佛教
レポート
佛教大学
通信
550 販売中 2008/06/23
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聖徳大学 国語1
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第一課題 第二設題
子音は、調音音声学で言うと「ことばを発音する時、舌、歯、唇または声門で、声道(発声器官の空気の通り道)を完全、部分的あるいは瞬間的に閉鎖して発する音、声道を極度に狭めて息の摩擦音を伴わせて発する音、息の摩擦音を伴わない程度に声道を狭めて母音の前または後に極めて短く発する音および息を使わずに発声器官で発する音」を言うらしい。
通常、子音だけでは音節を構成せず、1個の母音を音節の主体、即ち音節主音にしてその母音の前後に1個または複数個の子音を組み合わせて音節「拍」を構成する。もともと子音は、母音と組み合わせなければ『音』として形にならないため、むしろ「発声」の方法として分類されることの方が多い。また、声帯の振動によって生ずる声を伴う有声音と伴わない無声音に分けられる。子音を分類すると、実に様々な種類があり、分類方法によっても細かくわかれている。破裂音、破擦音、摩擦音には有声音と無声音があり、無開放閉鎖音はそもそも音を発しないので無声音である。その他は、通常、有声音のみとされるが、はじき音及びふるえ音は無声的な発音も可能であり、実際にそのように発音されることがある。
現代
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日本
日本語
発音
方法
分類
発声
種類
対応
550 販売中 2009/02/12
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聖徳大学 国語2
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第二課題 第七設題
最近の日本人の「英語病」はまるで英語を公用語と考えているかのように、常々、日本でのカタカナの新語の氾濫がある。一説によると毎年500語くらいの外国からの新しい言葉が入ってきて、カタカナで表示され、あたかもそれを知らないのは時代遅れだと言わんばかりな世の中となっている。
カタカナ語は、国内の新聞、雑誌、公共文章、広告などいたるところで使われ、現在、日本社会で使われているカタカナ語は万語ともいわれている。特にカタカナ語が多く使用されているのが福祉関係、ビジネス関係、広告関係、ファッション関係、情報関係、公共関係である。生活にかかわる福祉や金融、行政機関の大事なところで高齢者やその家族などの利用者が分からない・分かりにくいカタカナ語を多用するのは、不親切であり危険でさえあると思える。また、マスメディアがこうしたカタカナ語をそのままニュースなどで報道してしまうのも問題であると思う。メディアの役割の一つは物事を読者・視聴者に分かりやすく伝達することであるが、そのメディアが役所等の発表するまま、きちんとした日本語があるのにも関わらず、何の必然性もなく、受け手が理解できない過度の
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日本
福祉
英語
情報
コミュニケーション
社会
高齢者
メディア
日本語
言語
550 販売中 2009/02/12
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国語科教育法
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『「やまなし」の教材研究を行なうとともに、事例(p.142-170)の児童の発言を考察しなさい』
第1節 「やまなし」の教材研究
「やまなし」は、宮沢賢治の独特な造語や比喩表現などが駆使された、象徴的・幻想的な作品であり、言葉一つ一つからいろいろな想像が広がって、場面の情景や登場人物の様子などを豊かに想像することが可能で、児童にはぜひ読ませたい作品である。また、不思議だけれど何か心ひかれるような、そして、初めて聞くのになぜか昔から知っているような気持ちを抱かせる宮沢賢治の童話の魅力を存分にもつ作品である。
指導するに当たって、感じたことから素直に想像を広げていく楽しさを味わえるようにすることが大切である。自分の感じたことと、友達の感じたことを比べ、「どちらが正しいか」ではなく、それらを合わせて、場面の情景や人物の様子などを、より豊かに想像する楽しさを感じられるようにすることが大切である。
作品中には、「クラムボン」、「イサド」などの賢治独特の造語、「かぷかぷ」、「もかもか」などの賢治ならではの擬音語や擬態語、そして、数々の美しい比喩表現など、印象に残る言葉が数多く見られる。また、「かわせみ」と「やまなし」、昼と夜、動と静、生と死などが対比的に描かれた「五月」と「十二月」の世界の違いや、反対に二つの世界に変わらず共通するものを考えることで、「生きること」の意味を感じることが出来るかもしれない。「やまなし」を読みながら、賢治の描いた世界を読み味わい、「自然」や「生命」などについても考えてみたいものである。
第2節 「五月」と「十二月」の比較
前述したとおり、「やまなし」には「五月」と「十二月」という二つの異なった世界がある。それぞれの世界の違いや共通するものについて、児童がどのように感じ、考えたのかを、授業記録の児童の発言から考察していきたい。
考察① 児童①01,02
この児童の発言から、五月の内容をよく復習・理解した上で十二月の内容をしっかり読み取っていることが分かる。全体的な流れから、五月と十二月の対比を感じ取り、かにの兄弟の成長を読み取っていると思われる。
このような、「五月」と「十二月」の比較・かにの兄弟の成長、という作品の特徴を適確に捉えた発言が授業の初めにくることで、後の授業が展開しやすくなった。そのため、非常に良い授業の入り方ではないかと思う。
考察② 児童④06,07,08
この児童は、「丸石」=下流、「岩」=上流という、「やまなし」で学んだこと以外の知識を応用して発言している。そこから、「五月」と「十二月」の世界がまったく違うものだと感じ取っている。作品の中の世界だけに捉われず、一般的な知識も活用することで、より一層、作品の世界観が広がるのではないだろうか。
考察③ 児童①58
この児童の発言はそれまでの発言を参考にしているのではないだろうか。この発言の少し前に、五月から十二月にかけての成長についての議論がなされていたため、この児童もそれについて考えていたと推測できる。そして、直前の57の発言を受けて、二つのことを合わせて考え出した結果、このような結論に達したと思われる。
以上、いくつかの発言について考察してみたが、比較的に「五月」と「十二月」の対比については読み取ることができている。
第3節 児童の想像力
次に、作品中の「クラムボン」、「イサド」などの造語、「かぷかぷ」、「もかもか」などの擬音語や擬態語など、宮沢賢治独特の世界観を、児童がどのように想像したのかを考察していく。
考察① 児童②03,04
この児童は、指
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佛教大学
レポート
国語科教育法
やまなし
教材研究
550 販売中 2008/03/28
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国語学講義①
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国語学
550 販売中 2010/07/12
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